「シャルリー・エブド」というのはフランスの週刊新聞です。
強烈な風刺画で有名で、度々事件や問題になっています。
この記事では、シャルリー・エブドに掲載された風刺画をその背景とともに紹介していきます。
シャルリー・エブドとは
「シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)」は1970年にフランスで創刊された週刊新聞です。
フランス語で「エブド」は「週刊」の意味。
「シャルリー」は、アメリカの人気漫画『ピーナッツ』のキャラクターであるチャーリー・ブラウンから取られました。
シャルリー・エブドは宗教や政治のタブーに踏み込み、過激な風刺表現を持ち味としてフランスの読者に親しまれています。
2006年にはイスラム教の預言者であるムハンマドの風刺画を掲載したことにより、イスラム教徒から大きな抗議と非難が巻き起こりました。
2011年と2015年にはイスラム過激派からの襲撃を受けており、特に2015年の本社襲撃では編集長を含む12名が殺害され、「シャルリー・エブド襲撃事件」と呼ばれています。
シャルリー・エブドに掲載された風刺画を一挙に紹介!
ムハンマドを揶揄したもの
シャルリー・エブドは2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、イスラム教の預言者であるムハンマドを揶揄した風刺画を掲載するようになります。
こちらの風刺画はムハンマドを描いているのですが、頭に巻いているターバンが爆弾のように描かれており、ムハンマドをテロリストの象徴として描いています。
この風刺画は2005年にデンマークの新聞に掲載され、中東諸国で抗議が起きるなど大きな問題になったのですが、シャルリー・エブドは「表現の自由」の名において、この風刺画をあえて転載しました。
また、2006年2月に発売された特集号の表紙には再びムハンマドを描き(↑)、「原理主義者にお手上げのムハンマド」という見出し付きで、「馬鹿どもに愛されるのは、辛いよ」とむせび泣く預言者ムハンマドの絵を掲載しました。
2011年には、チュニジアのイスラム主義政党エンハナダが選挙に勝利したことをふざけて祝った風刺画を表紙にしています。
この表紙では、ムハンマドが「笑い死ねなければ鞭打ち100回!」と言っています。
「イスラム教の刑罰は野蛮だ」という一般的な理解を背景とするブラック・ジョークとされています。
このように、シャルリー・エブドはイスラム教徒を完全に馬鹿にするような姿勢を取り、イスラム教徒はシャルリー・エブドを目のかたきにするようになります。
こちらの風刺画は、2013年にエジプトで1,000名以上が亡くなった虐殺事件を風刺したもの。
左上にタイトル”Tuerie en Egypte(エジプトでの虐殺)”と書かれており、イスラム教の聖典であるコーランを持ったイスラム教徒に対して矢印で”Ca n’arrete pas les balles(防弾の役に立ちません)”と書かれています。
このようなイスラム教を揶揄する風刺画を連発したことにより、シャルリー・エブドはイスラム過激派の標的となり、襲撃事件へとつながっていきます。
イタリアの地震被害者を揶揄したもの
2016年にイタリアで発生した地震により、300人近くが死亡しました。
この風刺画は、その地震の被災者を、ラザニアなどのパスタ料理に見立てて揶揄したものです。
「イタリア風の地震」と題しており、負傷して血を流している男女を「トマトソースのペンネ」「ペンネのグラタン」と表現し、がれきの層に挟まれ血を流す被災者を「ラザニア」と表現しています。
この風刺画については、これは風刺と言うより侮辱だろう、ということで、イタリアを中心に欧米各国で批判が高まりました。
日本の風刺画
シャルリー・エブドは数は少ないものの日本を描いた風刺画を掲載しています。
こちらは日本の捕鯨を風刺したもの。
クジラと環境活動家がクジラを射る”モリ”で串刺しにされています。
2010年、南極海にて日本の調査捕鯨船「第2昭南丸」にシー・シェパードの抗議船が衝突し、沈没する事件が起きた際に描かれたものです。
まとめ:シャルリー・エブドは「風刺」なのか
今回の記事では、シャルリー・エブドに掲載された風刺画を紹介してきました。
シャルリー・エブド側は「表現の自由」を掲げ、宗教や政治にタブーなく切り込む姿勢を見せ続けています。
その一方、「それは風刺なの?」と首をかしげたくなる風刺画を掲載しているのも事実です。
シャルリー・エブドの風刺画が「風刺」なのか「ヘイト」なのか、欧米でも評価は分かれています。
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